神田にうなぎ屋さんが多い訳
神田はちょっと歩くだけでも相当な数のうなぎ屋さんがあります。
今日はうなぎを食いにいこうと言われて
神田へ連れて行かれたことがある人も多いでしょう。
なぜ、神田という土地はこんなにうなぎ屋が栄えたのでしょうか。
きくかわなどは全国的に有名です。
ひとつの理由としては近くを流れる神田川、隅田川で上質の鰻が
たくさんとれたことです。
やはりそうなると、うなぎで商売をしようとする人が出てくるわけで
うなぎ問屋が出来始め、問屋があれば料理屋をはじめようとする人がでてくる訳です。
こうして神田にうなぎ屋がどんどん作られました。
もうひとつの理由は、江戸時代のグルメブームです。
江戸のグルメと言えば寿司や蕎麦などを思い浮かべるとおもいます。
ですがこの時期、江戸にうなぎの蒲焼という新メニューが登場しました。
新メニューは大評判で江戸前大蒲焼番付という相撲の番付のような、
今でいえば美味しい店ランキング誌も発行されたほどです。
元々の神田のうなぎ屋は大繁盛しました。
そのブームに乗り遅れてなるものかとまた新たな鰻屋が神田にできていったのです。
店が多くなればみんな競争しますし、やはり番付に載せてほしいので
神田のうなぎ屋の水準はまさにうなぎのぼりであがっていった訳です。
うなぎの丑の日は神田生まれ?
土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が生まれたのは、平賀源内がうなぎ屋の
売り上げをあげるために土用の丑の日の看板を出したという説は有名ですが、
もうひとつ有力説があります。
神田でうなぎ屋を営んでいた春木屋善兵衛という人が殿様から大量の注文を受けて
数日に分けて鰻を焼いたところ丑の日に焼いたうなぎ以外は全部痛んでしまっていました。
だから丑の日の鰻には特別なパワーがあると考えられた説です。
今の神田のうなぎ屋さんの多さからみてもこの話は
クチコミで宣伝効果を発揮していたと考えれば信憑性がありますよね。
神田で本格江戸前うなぎ
神田では伝統的な本格江戸前うなぎが食べられます。
江戸前うなぎとは元々江戸城近辺でとれたうなぎを指すのですが
産地より製法が江戸で育っていったことの意味合いのほうが最近は強いようです。
よく寿司で江戸前寿司などありますが元来江戸前とはうなぎのことを言いました。
神田のうなぎ屋は江戸から伝わる製法を守っているところが多いのが特徴です。
神田に伝わる伝統の鰻の調理法はやはり時間がかかります。
いつもはせっかちな江戸っ子もうなぎを待つのとあればじっとしていました。
その神田でとられる方法とは
うなぎを背から裂いて竹串をうち、炭火で素焼きしてからじっくりと蒸しあげ、
最後にタレにつけて焼き上げるものです。
いわゆる関東風で注文を受けてから裂くので大変手間がかかります。
しかしそのぶんスーパーで買ったうなぎとは比べ物にならない美味しさです。
そしてうなぎの味を決めるタレも神田は老舗が多いですから
何十年も大切に使い込まれたものを使います。
こういった伝統を守る店が多く立ち並び、
美味しい鰻を食べたい時にどこに入ろうかと
迷ってしまうのも神田の良さではないでしょうか。